ロストジェネレーション世代 就職氷河期の転職事情 ホワイトカラー編

就職・転職活動
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結婚相談所をのっぴきならない事情で辞めることになったプチ初老ころん。
のっぴきならない事情というか、成績が悪いのでリストラされただけやわな。

次の仕事を探すに当たって、わたしは一つだけ決めたことがある。
それは、座ってできる仕事がいいということだ。
つまり事務職である。

新卒で就職した薬局と、次のアパレルは当然立ち仕事。
どちらかというとブルーカラーの仕事になるのだろうか。

そして三つ目の結婚相談所、ここは座ってできる仕事なので、体力的にはとても楽だった。
ただし!営業職だし、出来高制なので精神的にはかなりキツかった。
ストレスで吐いたりしてましてん。
もう二度と営業はしたくないな。

さて、ネクタイをつけてする仕事は基本ホワイトカラーなので、営業職はホワイトカラーとされる。
だけどブルーカラーに近いホワイトカラーと判断されるらしいよ。

どちらでもいいのだが、座ってできる仕事の楽さを覚えてしまったらもう二度と立ち仕事はしたくないという結論になってしまったのです。

そこでブルーカラーからホワイトカラーへ、ころんの挑戦が始まるのです。

職業訓練校時代

ころんは、本格的に事務職を目指そうと、スキルを身につけるために、職業訓練校に通うことにした。
その訓練校卒業後だが、簿記2級とMOSSの資格をとることもできた。
さらに昨年はFP三級もとったどー。
今年二級取ろうと思ってたけど、このブログに専念するため、FP2級は来年チャレンジします。

だが次の仕事はなかなか決まらなかった。
まず資格はあっても、わたしには事務職の経験が一切ない。
そして年齢も30代半ばにさしかかろうとしていた。

そんなこんなでなかなか仕事は決まらないことをハローワークのおっちゃんに相談した。
するとそのおっちゃん、キャリアカウンセリングの資格を持っているってことで、名刺をくれて特別にカウンセリングしてくれることになった。

履歴書を見てもらったり、わたしの希望に沿った仕事をみつくろってくれたりした。
また希望の仕事に、何人応募者がいて、どの年齢の人が落とされてるか、残されているかなども調べてくれた。

このおっちゃんぐらいになると、求人を見ただけで、どういう人材を求めているか分かるという。
だからわたしには、若い新卒の女性では務まらないような、事務職をねらうようにアドバイスをくれた。
例えば、タクシー会社の事務とかね。
そういう職場は若い女性より、40代前後の人材を求めるのだそうだ。

そのタクシー会社の求人には書類で落とされた。
が、そのおっちゃんが探してくれたある企業で内定をとれた。

その企業は、大企業と中小企業の中間ぐらいで、規模としては満足のいく会社だが、正社員雇用ではなく、給料も安かった。
そのため絶対自分では選ばない企業だった。

でもまあせっかくおっちゃんが見つけてくれたし、業務内容もわたしの希望にあったものだし、受けるだけ受けることにした。
家からも近かったしね。
イヤなら後から断ることもできるんだし。

結局その企業しか内定がもらえなかったので、そこへ行くことにした。
ハローワークのおっちゃん様様だわな。

ハローワークもあんな熱心なスタッフだけならいいのだが、実際は流れ作業で事務的な対応しかしない、やる気のない人が多い。
ハローワークこそ半民営化してほしいわ。
完全民営化は、仕事が決まりそうな人しか面倒をみないから怖い。
出来高制で、見事求人者の仕事を決めたら、コミッションがつくとかね。

実は当時、派遣でもう一つ、漢字検定の電話営業の仕事が決まっていた。
その頃「日本漢字能力検定協会」は相当な利益があり、どちらかというと予算を使うための人材募集で、何人かまとめて雇うようであった。

小学校や中学校に電話して、生徒に漢字検定の受験をうながす仕事である。
電話営業の仕事には一切興味がなかったので、その仕事のことをすっかり忘れており、忘れたころに派遣の営業から電話がかかってきた。

そのときに、仕事決まったんでもういいです、とお断りしたら、もっと早く教えてほしかったって怒られた。

そらそーなんだけど、そっちもはっきり内定ですって言ったわけでもないし、決まったら連絡するみたいな言い方やったやんね。

ということで、何とか就職は決まった。
それまでの就職活動は、あっさり決まっていたが、今回は初めての業種にチャレンジするということ、また年齢もあって、一番苦労した就職活動であった。
実に、1年以上勤めた会社だけ数えれば、4つめの企業ということになる。
転職、多いかな?少ないかな?
少なくはないわな。

さらに転職と転職の間に、数か月単位のバイトもしてるので、それ入れたらもっと転職が多くなるわな。

四度目の就職 ある理系の企業で念願の事務職へ

ころんが無事仕事を決めたある理系の企業を、ある企業なのでアール企業とこれから呼ぶことにする。

就職面接時にかなり手ごたえはあった。
面接官は、時給が安いことをかなり心配していて、何度も確認してくれた。

実際給料安過ぎって思ってたけど、言えるはずもなく、以前の仕事は交通費が出なかったので、出るのが有難いから、そこまで安いとは思いませんと答えた。

完全出来高制だった結婚相談所と比べたら、会社にいる時間は、必ずお給料は出る。
それだけでも有難いと思えるわたしは、どんなヤクザな働き方をしてたんだろうね。
今にして思えば、あのタイミングで結婚相談所を辞めたのは、将来のためにも本当によかったと思う。

それともう一つわたしにとって重大な説明があった。
正社員雇用もありうるという話を面接でされた。
そこでわたしは、給料は安いが将来性があると見込んでその会社で働くことを決めたのである。

しかしわたしが正社員になることはなかった。
あまりに使えなかったからである…、
というのは冗談で、途中で社長が変わったのである。

それまでの社長は、左翼的な思想を持っており、皆が幸せに、皆が平等にという方針で、希望者は全員問答無用で社員にするという大改革を行った。

当時はまだ不景気の余韻が残っていたので、なかなかできることではない。
しかし負の面もあって、明らかに社員の資格がないような使えない人材も、望めば社員になれたのである。

これは一つのバブル世代と同じで、わたしよりどう考えても働きが悪い人でも社員としていばっていたのである。

しかし、新しい社長は、ケチケチケーチでかなりお金にシビアだったらしい。
以後、この社長のことを、ケチ社長と名付ける。

現在の契約社員は、絶対社員にはしないという方針ならまだいい。
それどころか、生産性のない部署は残業代を出さないという方針にして、事務職の女性たちは、サービス残業を強いられることになった。

ちなみにわたしは営業事務だったので、生産性のある部署ということで、ラッキーなことに残業代は払われておりました。
そもそもさほど残業もなかったしね。

そんな事情で、社員になれないと見切りをつけた契約社員たちが次々と退職していった。
わたしもこの波に乗って、辞めておけばよかったと思う。

が、わたしにはどうしても退職を決心できない事情がいくつかあった。

一つは今回この就職を決めるのに、かなりの時間がかかってしまった。
次の仕事が見つかるか不安だったし、もう就職活動はイヤだった。
さらに事務職の経験が浅いので、もう少しキャリアを積みたかったし、自分のスキルに自信もなかった。

そして会社を辞めたくなかった最大の理由。
アメーバブログ時代から引き続き、このブログを読んでくださっている方はすでにご存じだと思うが、この会社に好きな男性ができたのである。

この企業に入る前、わたしは2年ほど婚活していた。
しかし誰のことも好きになれなかったので、わたしはもう二度と恋はできない、一生誰かを愛することもないんだ、と結婚をあきらめたのである。

結婚をあきらめたから、事務職のスキルを身に付け、長く働ける企業を探し始めたというのもある。

もう恋なんてできないと思いこんでいたのに、また恋ができたのである。
そのことは、わたしを有頂天にさせた。
たとえ成就できなかったとしても、また誰かを好きになれたことが嬉しかった。
そして最後の恋かもしれないと思った。

だからどうしても会社を辞めたくなかったのである。
しょせんふわふわした元少女漫画家志望者だからね。
少女のように愚かな初老だから。
こういう事情で自分の大切な将来を、無碍にしてしまうんですよ。

が、結局その恋も終わる。
わたしは新たな将来の選択をせまられる。

正社員の仕事を探すか。
この会社で正社員を目指すか。

そんなとき、ずっと以前に登録していた派遣会社から、仕事の紹介があった。
その仕事は、わたしの持っている資格を活かせる専門職だった。
専門職ゆえ、現在の仕事よりも、はるかに給料もよかった。

しかし、期間に定めのある派遣である。
派遣という働き方は、最大3年まで、それまでにどんな事情で派遣切りにあうか分からない。

わたしは悩みに悩んだ。

とりあえず応募だけしてみたら、受かってしまった…。

さらに悩みに悩み、結局その派遣の仕事を選ぶことにした。
そこで専門職のキャリアを見につけた方が、将来性があると考えたからだ

後にわたしはこの選択を後悔することになる。
それはまた、別のエントリーで綴るとしよう。

五度目の就職 そして、派遣へ

実に4回目の転職で、5社目ということになるね。
しかももう40代にさしかかろうというのに、派遣社員という働き方を選んでしまった…。

これがロスジェネ世代の現実だ、と言うとそうでもないと思う。
そもそもわたしは就職するつもりがあまりなく、仕事にも執着がなかったので、日和見主義でここまできた。
ロスジェネ世代というより、わたし個人の考えが強く反映されてきた転職履歴だと思う。

仕事に執着がない分、あっさり手放す。
企業にしがみつこうという考えもない。
バブル世代は、一つの企業で勤め上げるのが美徳とされていたから、その時代に生まれていれば、また違った選択もあったかもしれないね。

実際わたしは二回、リストラされているわけだし。

だからといって特に、ロスジェネ世代として生まれたことを不幸だとは思っていない。
自分の選択も間違っていたとも思っていない。
なぜなら人は、経験しないと間違っていたかどうかなんて判断できないからだ。

わたしは失敗したのではない。
成功しない一つの方法を学んだだけ。

そして人は生まれる時代を選べない。
それは神様が与えた宿命だと受け入れて、その時代を精一杯生きるのみである。

とはいえ、わたしの就職難はまだもうちょっとだけ続くので、改めてエントリーいたしマンモス。

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